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ハッジ (大巡礼)

ハッジ (大巡礼)
 マッカのハラームマスジドと祈るムスリムたち
 慈悲あまねく慈悲深きアッラーのみ名のもとに

 ハッジの意義
 ハッジ(大巡礼)はイスラームの五柱と呼ばれる最も重要な五つの義務のひとつ です。健康で十分な資金のあるムスリムは、少なくとも一生に一度ハッジを行なわなければなりません。ハッジは、ムスリムにとって信仰と実践の集大成というべきものです。預言者ムハンマド(彼の上に祝福と平安あれ)は、布教23年目に最後のハッジを行ないました。そして、その時に以下のクルアーンの節が啓示 されました。

今日われはあなたがたのために,あなたがたの宗教を完成し,またあなたがたに対するわれの恩恵を全うし,あなたがたのための教えとして,イスラームを選んだのである。(クルアーン第5章3節)

また、この時のハッジに同行した約10万人の教友たち(彼らにアッラーのお喜びあれ)の前で、ムハンマド(彼の上に祝福と平安あれ)はイスラームの教え の要約とも言うべき『別れの説教』を行ない、イスラームの精神を再確認し、自分の死期が近いことをほのめかし、教友たちに自分の後を継いで布教を続けてい くように命じています。私たちはムスリムとして、アッラーと最後の預言者ムハンマド(彼の上に祝福と平安あれ)を信仰し、1日5回のサラート(礼拝)を し、ザカート(喜捨)を払い、ラマダーン月にサウム(断食)をし、ハッジを行い、預言者の教えに従って生きていくことが義務なのです。

  審判の日
 イスラームの重要な信仰の一つに審判の日があります。あらゆる人間は現世での生活を終えていつか死にます。アッラーが人間をこの世界に送ったのは意味のないことではなく、誰が信仰するか否かを試すためです。

ジンと人間を創ったのはわれに仕えさせるため。(クルアーン51章56節)

人間にとって短く、不条理なことも多いこの現世は、人間が精神的にいかに成長し、アッラーに認められて天国に入るかという重要な試練の場なのです。それが精算されるのが審判の日です。
ハッジの象徴的な意味の一つは審判の日の疑似体験です。ハッジの最も重要な行事は、特定の日にアラファートという荒野に一日とどまることですが、その 時、巡礼着をまとい、現世の一切の地位や虚飾を捨てた巡礼者たちは、いつかは自分が直面しなければならない審判の日を思い出すのです。
またイスラームには、全人類の共同体(ウンマ)という考え方があります。世界中のあらゆるムスリムは信仰によって結ばれた兄弟です。そしてイスラームで は、その理念を単なる理想にとどめないようにいくつかの実践があります。例えば毎日5回のサラートは、基本的にはマスジド(マスジド)で集団で行なうもの です。そして毎週金曜日のジュムアのサラートは、大マスジドにより広い地域の人々が集まります。毎年2回のイードの大祭には、マスジドには収容しきれない 人数の人々が広場に集まります。このように社会性を重んじるイスラームが、全人類・全民族を信仰という絆によってひとつに集める行事がハッジなのです。

 ハッジの歴史的背景
 ハッジの精神はすべてのものを犠牲にする心にあります。それは個人的な楽しみ、現世の悦楽、金儲け、家族や友人との団らん、きれいな服やアクセサリーなどの虚飾、民族・教養・職業・地位などに対するプライドなどの全てをなげうって、アッラーに帰依する心なのです。
ハッジの行事の中には、預言者イブラーヒーム(アブラハム)に関わるものがいくつもあります。預言者イブラーヒームは一神教の父とも言うべき偉大な預言 者です。彼はアッラーの命令により、自分の妻ハージャルとまだ赤ん坊の息子イスマーイールを砂漠の真ん中に置き去りにしなければなりませんでした。食料も 水も尽き、ハージャルは水を求めてまずサファーの丘、続いてマルワの丘に登って水場を探しました。この行動を象徴する行ない(サイー)がハッジの行事の一 つとなり、全巡礼者は彼女の行動を真似します。この時赤ん坊のイスマーイールが踵で掘った地面から水が湧き始めました。これがザムザムの井戸の起こりで す。
またイスマーイールが、イブラーヒームにとって目の中に入れても痛くないほどに美しい少年に成長したとき、アッラーはイブラーヒームに息子を犠牲に捧げるように啓示しました。これは預言者としてのイブラーヒームの信仰を限界まで試すアッラーからの試練でした。彼はイスマーイールに相談しました。「わしは このような啓示を受けたがどう思う」イスマーイールの答えは「アッラーのご命令のとおりにしてください」というものでした。そこでイブラーヒームはナイフ を携え、イスマーイールを砂漠に連れていきました。途中、悪魔が人間の姿をして現れ、叫びました。「気でも違ったのか、イブラーヒーム。お前は自分の息子 を手にかけるのか。それが人の道か。」「帰れ、悪魔!」イブラーヒームは石を投げて悪魔を追い払いました。悪魔はいったんは逃げ、再び道の途中でイブラー ヒームの決心をひるがえそうとイブラーヒームに呼びかけました。しかしそのたびにイブラーヒームは石を投げ、悪魔を追い払いました。ついにイブラーヒーム が息子を地面に横たえ、その首にナイフの刃をかけようとしたその時、アッラーは預言者イブラーヒームの決心が不動なのを確認し、イスマーイールを犠牲に捧 げさせる代わりに天から羊を送り、預言者イブラーヒームとその息子を祝福しました。この父母と息子のアッラーに対する信頼と犠牲の精神を讃え、この世の終 わるまで信者の手本とするため、ハッジではこれらの故事に基づく行事がいくつもあるのです。
 聖地マッカ(メッカ)とカアバ 
 カアバは、元来預言者イブラーヒームとイスマーイールがアッラーを讃え、かれに祈るための建物をアッラーに指定された場所に建てたものがその原型です。その後何度も再建され、現在のような立派な建物になりましたが、位置はそのまま です。これはイスラーム以前から唯一神を信仰する場所としてありましたが、預言者ムハンマド(彼の上に祝福と平安あれ)が送られる直前にはマッカの多神教 徒に支配され、巡礼の行事はそのままに、偶像崇拝の場所になっていました。ムハンマド(彼の上に祝福と平安あれ)によって偶像が駆逐され、それ以来カアバ は一神教の中心地として存続しています。
現在の建物は石を積みあげて作られた三階建てのビルくらいの大きさの建物で、全体を金の刺繍を施した黒い布ですっぽりと覆っています。扉がついています が、中には何もありません。この建物はあくまでも象徴の意味であって、中に本尊があるとか、ムハンマドの遺品に関わるものがあるということではありませ ん。アッラーは時空を超越する御方ですが、人間には方向がありますので、信者たちが揃ってサラートする方向として、カアバはその一点を示しているのです。
 ハッジとウムラ
 巡礼の行事にはハッジ(大巡礼)とウムラ(小巡礼)があります。ハッジは健康で十分な資力のあるムスリム全てが一生に少なくとも一度は行なわなくてはならないムスリムの義務です。そして、ハッジを行なう時期はヒジュラ暦(イスラームの暦)によって定められていて、自分の好きな時に行くというわけにはいき ません。しかしウムラは一年中いつでも好きなときに行なうことができます。また儀式もウムラがマッカ市内で数時間で済むのに対し、ハッジの場合はマッカ郊 外の数ヶ所を訪れ、行事も数日に及びます。ハッジを行なうためにマッカを訪れたときに一緒にウムラを行なうことも出来、ハッジとウムラはその組み合わせ方 によってハッジ・タマット、ハッジ・キラーン、ハッジ・イフラードの3種類あります。

ハッジ・タマット
最初にウムラを行ない、髪の毛を剃るか切るかして一旦イフラームを脱ぎます。そしてハッジの当日に再びハッジのためにイフラームを着ます。ハッジの最後に犠牲の動物を捧げます。

ハッジ・キラーン
最初にウムラを行ない、そのまま髪を剃らずイフラームも脱がないままでハッジの当日まで待ちます。ハッジの行事が終わり、犠牲の動物を捧げてから髪を剃るか切り、イフラームを脱ぎます。

ハッジ・イフラド
最初からハッジだけを目的にイフラームを着てマッカに入ります。ウムラは行なわず、ハッジが終わるまでイフラームも脱ぎません。ハッジの行事が済んでからイフラームを脱ぎます。犠牲の動物は捧げる必要はありません。

 ハッジへ出発するとき
ハッジあるいはウムラに出発する人は、事前にサウジアラビア大使館に問い合わせ、必要書類をそろえます。航空券やビザ、予防注射などの準備をして身辺を 整理します。一般の旅行に必要な荷物の他に、巡礼着、サンダル、ポーチ、日傘などを用意します。

ミーカート
ハッジやウムラのためにマッカに行く人は、マッカを含む特定の地域に入る前にイフラーム(巡礼着)を着用していなければなりません。この境界のことを ミーカートと言います。日本から飛行機でジッダ空港へ行く場合、ジッダに着く前にミーカート上空を通ってしまいますので、その前にイフラームを着ていなけ ればいけません。飛行機の中で着るか、あるいは一般的には例えば飛行機がバンコクからジッダに飛ぶような場合、バンコクでイフラーム着用を済ませてから飛 行機に乗ります。

 イフラーム
 男性の場合イフラーム(巡礼着)は縫い目のない二枚の白い布です。一枚を下半 身に巻き、もう一枚で上半身を覆います。眼鏡や時計、貴重品入れなどは許されますが、下着などの縫い目のある衣服、帽子など頭を覆うもの、靴など足の甲の 骨をおおう履物は着用してはいけません。ただし日除けのために傘をさすことは許されます。女性の場合は特別な巡礼着を着る必要はなく、イスラームの規則に かなった簡素な服装で顔と手首から先を除く全身を覆います。
イフラームとは単なる服装ではなく、巡礼のために特別に身を慎む状態に入ることを意味します。そこで巡礼着を身に着けるときには、まず入浴し、身体に香 水などをつけ、巡礼着を着用してから2ラカーのサラートを捧げ、それからイフラームの状態に入るというニーヤ(意志表明)をします。
イフラームの意志
 例えばタマットゥの場合、イフラームのニーヤは次の通りです。
「ラッバイカ ウムラタン ムタマッタアン ビハー イラルハッジ」
ひとたびイフラームの状態に入ると、ハッジかウムラの行事を終えるまで普段着を着ることはできません。また、イフラームの状態のときには、以下の事柄が禁じられます。
1.通常ムスリムに禁じられていること全て
2.けんか、口論、他人を傷つけること
3.夫婦生活・妻に性的な意味で触れたりキスをしたりすること・それをほのめかすような話、しぐさなど全て
4.草木を含む一切の殺傷・蚊も殺さず、草一本も抜かないこと
5.自分の爪、体毛(髪の毛・ひげなど全て)を故意に切ったり剃ったり引き抜いたりすること(しかし入浴中に自然に抜ける毛は構いません。)
6.あらゆる香料 (香水、香料入り石鹸、香料入りシャンプー)の使用(ただし香辛料入りの食物は構いません。洗濯や入浴は無香料石鹸、あるいは石けんを使わずに行ないます。)
7.男性が縫い目のある服を着たり、頭を覆うこと
 タルビヤ
  イフラームのニーヤをすると、ただちにタルビヤと呼ばれる次の言葉を唱えます。
「ラッバイカッラーフンマ ラッバイク ラッバイカ ラーシャリーカラカ ラッバイク インナルハムダ ワン二ヤマタ ラカワルムルク ラーシャリーカラク」
意味:(アッラーよ!私はここにおります。あなたの御前におります。あなたには同位者はおりません。あらゆる賞賛はあなたのためにあり、あらゆる恵みはあなたから来ます。力はあなたにのみ属します。あなたに同位者はありません)
このタルビヤはウムラのタワーフを始める直前、またハッジの最初の石投げの直前まで、男性は大きな声で、女性は小さな声で唱え続けます。
 ウムラ
  マッカに着いたらまず宿をとり荷物を置きます。それからカアバのあるマスジ ドゥ・ル・ハラームに行きます。カアバ(黒い建物)の向かって正面左手に黄金の扉がありますが、さらにその左側の角に黒い石(ハジャル・アスワド)があり ます。これがタワーフ(カアバの周回)の起点です。そこでタワーフを行ないますというニーヤをアッラーに対してします。黒石の正面には位置を表す線が色の 異なる石で引いてありますから、その上に立ち、黒石にキスするか、手を触れるか、あるいは離れた所から手をかざしてから「ビスミッラーヒ・アッラーフアク バル・ワリッラーヒルハムド」と唱えます。

それから反時計回りに7回、カアバの周りを回ります。男性は最初の3周は右肩に掛けていたイフラームの布を右脇に通して巻き、右肩をさらけ出した状態で 力強く早足で回ります。3周が終われば服を元に戻し、歩くペースで回ります。タワーフの間はアッラーを讃え、さまざまな言葉で祈ります。どんな特定の祈り も決まっていません。クルアーンやズィクル、あるいは個人の祈りなど何でも構いません。一周ごとに黒石に手をかざし、同じ言葉を唱えます。7周終えたら、 最後に起点に戻って同じように手をかざし、同じ言葉を唱えてタワーフを終了します。

それからできればカアバの扉の前にあるマカーム・イブラーヒームのそばで、もしできなければマスジド内のどこででも、2ラカーのナフルのサラートを捧げ、ザムザムの水を飲んで一休みします。

それからサファーの丘に登ります。サイーの意志をし、丘の上で祈ってから今度はマルワの丘へ行きます。途中、廊下の緑色ランプが点いている区間では、男 性は小走りに走ります。マルワの丘で祈った後、再びサファーの丘に行き、このようにして7度、つまり合計3往復半サファーとマルワの丘を行き来して最後は マルワの丘で終了します。この行事をサイーといいます。

ウムラ自体はこれで終了です。続けてハッジ・キラーンを行なうのではない場合、頭を剃るか頭髪の一部を切ってイフラームを脱ぎます。

 ハッジ
 ズル・ヒッジャ月8日

ハッジのためにマッカに集まったムスリムたちは朝、一斉に数キロ離れたミナーへ向かいます。そこにはテントが用意されてあり、そこに1日滞在します。ズ フル、アスル、マグリブ、イシャー、ファジュルの5回のサラートを時間通りに行ないます。そこでズィクルやドゥアー、祈りやクルアーン読唱などに時間を費 やし、明日に備えます。

ズル・ヒッジャ月9日

翌朝、ファジュルのサラートを済ませ、日の出の後、再び巡礼者の群れはミナーよりさらに数キロ先のアラファートへと向かいます。これは百万人以上の巡礼 者を収容できる巨大な荒野です。ここで巡礼者たちは日が暮れるまでアッラーに祈りを捧げます。このアラファートに一時とどまること(ウクーフ)はハッジの 最も重要な行事であり、巡礼者は谷の領域内に必ず足を踏み入れるように注意しなければなりません。アラファートの谷の境界を示す塔がいくつか立っていま す。巡礼者はアラファートでズフルとアスルのサラートを捧げます。

日暮れとともに、アラファートに集まっていた巡礼者たちはマグリブ(日没後)のサラートを行なわず、そのまま一斉にミナーの方面へ移動し始めます。そし てミナーの少し手前のムズダリファという所で野宿します。巡礼者はそこでマグリブとイシャーのサラートを行ないます。そこでいくつか小石を集めます。

ズル・ヒッジャ月10日

翌朝、ムズダリファにてファジュルのサラートが終わった後、ミナーに戻った巡礼者たちは、マッカとミナーの間にある三つの石塔(ジャムラ)の第3番目 (最大でマッカ寄りの)に小石を投げる儀式を行ないます。小石は右手の親指と人差し指でつまめる大きさで、7個を1個づつ投げます。投げるとき「ビスミッ ラーヒ・アッラーフアクバル」と唱え、預言者イブラーヒーム(彼の上に祝福と平安あれ)の試練を思い、自分自身の欲望や悪魔の誘惑と戦う決心をします。

石投げを終え、再びミナーに戻ってから動物を犠牲に捧げます。これは1人につき羊か山羊1頭、あるいは7人で牛かラクダ1頭です。

犠牲が終わると剃髪するか髪の毛の一部を切ってようやくイフラームを脱ぐことができます。しかしこの後、マッカに戻ってもう一度タワーフ・ル・イファーダを済ませるまでは、夫婦生活は許されません。

上記の行事の後、ズル・ヒッジャ10日あるいはズル・ヒッジャ11日にタワーフ・ル・イファーダを行なうこともできます。また、ズル・ヒッジャ10日は全世界でイードゥ・ル・アドゥハーの大祭の日にあたります。

その後巡礼者は少なくともズル・ヒッジャ11日・12日まではミナーにとどまり、その間毎日3つの石塔に向かって小さい石塔から順番に石投げの儀式を行 ないます。10日の石投げの行事では日の出から正午までの間に最も大きな石塔に向かってのみ石を投げました。けれども11日、12日には、正午から日没ま での間に三つの石塔すべてに石を投げます。ただし女性はこれを夜に行なうことが許されています。

ズル・ヒッジャ13日までミナーにとどまることもできます。しかし、もしズル・ヒッジャ12日にミナーを去るつもりならば、必ず日没前に去らなければいけません。

こうしてめでたくハッジの全行事を終えた巡礼者たちは、自分の好きなだけマッカにとどまり、マスジドゥ・ル・ハラームでサラートをしたり、マディーナへ 行って預言者のマスジドを訪れたりできますが、マッカを去る前には必ず最後に「別れのタワーフ(タワーフ・ル・ワダー)」をしなければなりません。これを もってハッジの行事は完全に終了します。

 マディーナの訪問

ハッジの義務ではありませんが、ほとんどの巡礼者はハッジの前か後にマディーナ市を訪れます。マディーナは預言者マスジドや歴史的な場所が多数あり、預 言者ムハンマド(彼の上に祝福と平安あれ)が埋葬されている地です。またイスラームが地歩を固め発展していくきっかけになった場所でもあります。この地に ある預言者マスジドを訪れることは強く勧められています。

マディーナ市へはマッカからバスで8時間位です。途中多くダルード(預言者への祝福を求める祈り)を唱え続けます。

マディーナ市へ着いて宿に荷物を置いたら、なにはともあれ預言者マスジドに行きます。一般のマスジドに必要なあらゆる尊敬のルールが預言者マスジドにも 適用されます。マスジドの中で2ラカーのサラートを捧げた後、キブラに向かって左手、建物の外から見ると丁度緑色のドームの真下にある預言者ムハンマド (彼の上に祝福と平安あれ)の墓を訪れます。墓は真鍮のグリルによって保護されています。その正面に面と向かってから、平安あれの挨拶を送ります。その時 過度に激して泣き出したり、他の訪問者の妨げとなるくらい延々と祈りをあげるのは良いマナーではありません。

預言者(彼の上に祝福と平安あれ)へのあいさつの後、彼の傍らに埋葬されているアブー・バクルとウマルにも平安あれとあいさつを送ります。マディーナに は預言者ムハンマド(彼の上に祝福と平安あれ)の墓以外にも、サハーバの多くが眠る墓地ジャンナトル・バキ、ウフドの戦場跡、イスラーム最初のマスジドで あるクーバ・マスジドなどの名所があります。これらを訪れるのも良いでしょう。しかしマディーナにいる間はできる限り預言者マスジドを訪れ、その中で祈 り、アッラーに許しを求めるようにします。

さて、ハッジの行事が全て終わり、自分の国へ帰る時がやって来ました。ハッジを行った者は以前の罪を全て許され、生まれたばかりの赤ん坊のように罪のない状態になります。そこで巡礼者は自分の人生を再出発し、生涯罪から遠ざかる決意で帰途につきます。

 

Ref: http://islamjp.com/library/jitkh110415.htm

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